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1 :
名無しさん@自己満足
2011/09/17(土) 17:49:21 ID:f2K8Rw0c
「遠野君って、あれを見てもなんとも思わないっすか?」
「……なんとも、って?」
クラスメイトである十文字の言葉に対し、俺は数刻の遅れの後、その言葉の真意を問うた。
口に咥えたプリッツェルを器用に動かす彼女が指し示すのは、同じ放課後の教室に残る我が友人の姿。
今日も今日とて変わることなく、彼の周りには女子が数人。クラスの美人どころが揃う姿はなかなか壮観だ。まして中心に位置する我が友人がこれまた美男子故にそれはもう。
「孝一が何か?」
「何かもなにも、わかってるでしょうに。同じ男として、なんとも思わないのかってことっすよ」
パキパキっと気持ちの良い音を立て、プリッツェルを半分胃袋へと葬送した十文字が、若干の薄笑いを浮かべつつ言う。
この問いはこれで何度目のことなのやら。俺は諦めにも似た笑みを自らの顔に貼り付けつつ、毎回毎回と寸分違わぬ台詞をのたまう。
「何度も言うけど、特に何も」
「嘘っすね」
咥えていたプリッツェルを食らい、新たな一本を袋から取りだした十文字はそう断定する。
「男子があの姿に何らかの感情を抱かないのは異常っすよ。確実にね」
ぴん、と指差し代わりに伸ばされたプリッツェル。俺は十文字の細い指に挟まれたそれをするりと抜き取り、口に咥えた。
確かに、十文字の推論は間違いではないだろう。だが、俺が実際に何も思わないのは事実なのだから仕方がない。
言うなれば慣れてしまったといったところか。
「ヤツの友人もラクじゃないけどな」
「くくくっ、貧乏くじばかり押しつけられているわりには人が良いっすねえ」
十文字はけらけらと笑い、再びプリッツェルをその手に補充した。小動物然とした彼女の動きから目を離し、俺は孝一の姿を見やる。
貧乏くじ。確かに、孝一と友人――もとい幼馴染を続けていると、トラブルに巻き込まれて貧乏くじを引かされることはままあった。
何せあいつは無駄にお人好しで顔がよかったりするものだから、同年代の女子としては他の男子に比べても数段優れて見えるのだ。
とくれば、女子が奴にうつつを抜かすことになって、その女子と交際していた男子が孝一に色々と吹っ掛けてくることもあるわけで。
その度、毎回毎回俺は巻き込まれ、貧乏くじを引く羽目になる。で、単にやりやすいからといった理由で、恨み辛みの矛先をこちらに向けられてしまうというわけだ。
「……まあ、貧乏くじはともかくだ。十文字こそ、孝一を見て何とも思わないのか?」
「思わないっすね。顔が良いのは認めますし、人が良いのも認めます。ただまあ、それじゃ完璧すぎてつまらないっす」
「へぇ……。そういう完璧さ加減があいつの女子に人気たる所以だと思ってたけどな」
「あたしにはちょっと重いっすよ。……遠野君ぐらいがお手頃で良いんじゃないっすか?」
2 :
名無しさん@自己満足
2011/09/18(日) 21:50:03 ID:HUjDD4WY
都内――
人と金の犇めくこの場所に、一つ、ぽつんと喫茶店が在った。現代的な作りではなく、まるで店そのものがアンティークであるかのような佇まいを見せるその喫茶店は、中々に盛況であった。
客層としては男女を問わぬ若者から、布袋腹の中年、豊かに髭を蓄えた富裕層まで様々であり、この店に訪れる理由も、また、様々である。
この喫茶店を営むマスターは年齢の分かりにくい、しかし整った顔つきをしていた。年上の男性を好む若い女性や、ミステリアスな雰囲気を漂わせるその立ち振る舞いに惹かれた女性が、足繁くこの店に通う原因の一つにこの男があった。
従業員の特徴を挙げることは容易い。皆一様に若く、美しい女性ばかりであった。これにより助平心を出した中年や、その魅力に当てられた若者はこの店の常連となった。
富裕層すらこの喫茶に訪れる理由は、純粋に、その珈琲やランチの味わいである。芳醇に香高く、舌触りの良いこの珈琲は度々そういった人間から賞賛を受けた。
しかし、この喫茶店には一つの裏の顔がある。いや、本来は表の顔であると言うべきか。そもそも喫茶店を営んでいる理由はマスター個人の趣味嗜好であると言ってよい。
従業員の特徴を挙げることは容易い。皆一様に若く、美しい女性ばかりであった。そしてもう一つ共通する点、彼女らには多額の負債がある。他の誰でも無いマスターからの負債である。喫茶店で従業員として働くこと――これによって利息が無くなるという条件を前にしては、彼女たちに選択肢はないも同然である。年端もいかぬ小娘にとって、多額の――それも性質の悪い高利貸しの――借金など、利息からして払いようが無い。この店で働くことで、彼女らは、少なくとも状況の悪化は免れるのだ。
しかしこれすらも、万が一知られても痛手を負わぬ、些末な内情である。裏の顔とは、つまり、マスターが従業員に科すノルマのことだ。利息は取らずとも元金が減る訳では無い。その負債を回収するために、マスターは彼女らに仕事の斡旋をする。無論、健全な仕事ではない。薄暗く、紫煙に包まれた裏の世界。欲望にのみ従う醜い男共が跋扈する、そのアングラなその世界に彼女らを放り込み、金を手に店に帰らせ、それを徴収する。それこそがこの喫茶店の真の顔であった。
彼女らには逃げ場も身寄りも無い。喫茶店の裏にあるマンションの一室が今や彼女らの住処である。何せ家賃も生活費も、ある程度喫茶店から支給されるのだ。彼女らからすればこの上無く美味い話である。
彼女――阿久津カナメもその従業員の一人である。マスターから斡旋される裏の、非合法な仕事の経験は、従業員の中で最も多い。しかし、負債額は飛びぬけて大きく、未だ彼女の自由は見えない。これからも、とても客には見せぬマスターの色欲染みた視線に晒されながら、男共の欲望の世界に身を投げ出しながら生きていくことを余儀なくされている。
彼女の人生は金に縛られていた。自由は目の前にあるかもしれないが、そこに行く足を縛られた彼女に、何の意味があろうか。
それでも、カナメは前を向いていた。諦めないことだけが彼女の武器であり、同時に救いでもあったからだ。いつか必ず報われる日が来ると、いつか必ず周りを出し抜き成功を掴みとって見せると、その心に刻み込んでいた。
「……ツモ。……500は700オールで……ラストですね」
従業員の特徴を挙げることは容易い。
皆一様に若く、美しい女性ばかりであった。
――そして唯一の取柄は麻雀だけである。
代打ち喫茶アンジェリカ――それが喫茶の裏の顔、その正体であった。
3 :
名無しさん@自己満足
2011/09/18(日) 21:51:08 ID:HUjDD4WY
確実にこういう話はエターナるんだよな。
4 :
名無しさん@自己満足
2011/09/18(日) 21:51:49 ID:HUjDD4WY
そして何故か後半はスペースが適用されていない
5 :
削除
削除 ID:削除
削除
6 :
名無しさん@自己満足
2011/10/14(金) 22:21:35 ID:QNkzgHYo
《上月君の受難》
「諒、あなた今年中に彼女作りなさい」
昼休みの時間。机を突き合わせながら昼食を摂っている最中、対面に座る南条瑠璃がのたまった。
この女――訂正、お嬢様は何を言っているのやらとワケもわからず首を傾げる俺に、瑠璃の隣に腰掛け箸を進める友人――もとい同僚である守屋小刀祢がフォローを入れる。
「お嬢様は昨日、キミの親友に告白したんだよ」
「ああ、真行寺に?」
もぐもぐとお手製の唐揚げを頬張りながら、脳裏に『南条さんに告白されたんだけど!?』と泣きついてきた親友の顔を思い浮かべた。
確かに真行寺はお嬢様から告白されたようだが、しかし、それがつい三十秒ほど前の瑠璃の台詞とどう繋がるのやら。見当もつかん。
「……真行寺君は、『上月に恋人が出来るまで親友の俺が恋人を作ることなど許されない』と言ったわ」
「ちょっと真行寺のこと殴ってくるわ」
「やめときなよ上月。諦めて事実を認めるんだ」
事実を認めたらつまり俺は真行寺に売られたことになるじゃないか。
昨日泣きついてきたのがそもそも演技と言うことになるというかあいつってそういえば演劇部だったっけかちくしょう!
「というわけで諒。彼女を作りなさい。そうすれば晴れて私は真行寺君の恋人になれるわ」
「……いや、無茶苦茶がすぎるでしょーがよ」
「まあ、お嬢様の無茶苦茶は今に始まったことじゃないでしょ?」
そう言って、守屋が笑う。中性的な顔立ちに加えてハスキーな声、貧しい――おっと訂正、よく引き締まってスレンダー寄りな体といい、男に見えなくもない女だ。
俺と同じくお嬢様の付き人仲間たる守屋は、唯一主への反抗を許される特権保持者だ。守屋の忌憚なき評価に眉根を寄せたお嬢様だが、特に何も言わないようである。
「……小刀祢からの評価はともかくとして、これは切実な願いよ。諒」
「お嬢様からの切実な願いを今年に入って何回聞きましたかね」
「今回で合計十七回かな」
「黙りなさい小刀祢」
「……まあともかく、恋人を作れば良いんでしょう?」
はぁ、とため息を一つ返しつつ俺。あら、と意外そうな顔でこちらを見つめるお嬢様に、あんたが言ったんだろうがと突っ込んでやりたいがまあいい。
「それだったらここに適任がいますよ。……なあ守屋?」
「断る。無理。ダメ。嫌。却下。拒否。不可能。あり得ない」
「おい、ほんの軽いジョークだからそういうガチな反応やめて。俺のガラスハートが砕け散る」
7 :
名無しさん@自己満足
2011/10/14(金) 22:36:17 ID:QNkzgHYo
・上月諒 age:19
懐かしい名前。
お嬢様である南条瑠璃専属の運転手。上月家自体が使用人の家系。
南条家当主の強い意向により中学浪人に加え高校でも1年の留年を経て瑠璃と同学年に。
本人としては特別手当も出たので文句はないらしい。
・南条瑠璃 age:17
懐かしい名前パート2。
お嬢様。自分本位で無茶苦茶ばかり言うが、大事なところでは結構優しい。
父の都合で上月に無為な留年を強いたことを気に病んでいるとかなんとか。本当かよ。
小刀祢は同い年で唯一対等に付き合える親友兼使用人。
・守屋小刀祢 age:17
新顔。
上月と同じく南条の使用人の家系に生まれた。
お嬢様に唯一ズバズバ物を言える親友兼使用人。上月は友人としてはアリ。恋人としてはナシ。
微妙に少女趣味な面もあるというまさにテンプレな付き人。テンプレって好きよ?
8 :
名無しさん@自己満足
2011/10/16(日) 20:11:32 ID:FDIZGVlI
《上月君の受難U》
一応南条瑠璃お嬢様専属の運転手なんてやってたりする俺だが、実際に車を運転する機会なんて休日、しかも月に一、二度くらいしかない。
では平日、俺は一体どのような仕事を持っているのか。答えは『何もしていない』である。
正確にはお嬢様の付き人ではあろうが、そういう体を張ったお仕事は基本的に同僚である守屋小刀祢が一心に請け負っている。俺に回ってくる仕事はなし。
俺ばかりのんべんだらりと過ごすというのも心苦しいので手伝いを申し出たこともあったが、にべもなく断られた。他人が自らの領域に踏み込むことを良しとしない女だ、アレは。
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