抱朴子 不老不死 神仙道
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1 :
名無しさん@chs
2008/05/02(金) 17:27:11
ID:8gyQMT8E
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『抱朴子』では、薬をその効能から上薬・中薬・下薬に分け、その上薬のトップに丹砂、それに次ぐものとして黄金をあげています。
上薬とは、単なる長生きや病気治癒のためではなく、不死を得るために服するものです。
『抱朴子』によると、植物や動物から作る薬はいかに体に良いものであっても、所詮は腐るものであって不滅ではない。不死の体を作るための薬は不滅の鉱物から作らなければならないというわけです。
金は決して錆びることがなく、上薬の代表となっておかしくはないものです。金の薬効への期待は、現在でも、金粉入りのお酒や、金箔入りの高級料理にその名残をとどめています。
その金以上の上薬とされた丹砂とは、硫化水銀のことです。粉末の硫化水銀は鮮やかな朱色で染料にも用いられますが、簡単な操作で銀白色に輝く金属水銀にも、赤い酸化水銀にも、黒色の硫化水銀にも白い結晶の硫化第二水銀にもなるということで、変幻自在の仙人になる薬にふさわしいと思われたようです。
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2 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 13:46:44
ID:/nw8HXxo
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「抱朴子」8巻は晋の葛洪の撰,彼は稚川,抱朴子と号した.内篇20篇,外篇52篇,本書は中国における道教発達の理論的基礎を与えたものとして,多端な道教教説の根本思想は多く本書中にその淵源を発し,道教研究上重要な文献
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3 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 13:52:38
ID:/nw8HXxo
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『抱朴子』陰陽編によると、方位陣は陰陽、四神、五行に依るという。
「陰陽の気を結集させ、四神の加護を受け、五行の力を借りれば、九十九の時を経て、金丹を作り出すことが出来る」ということだ。
陰陽とは、陰つまり月と、陽つまり太陽のことである。
陰陽の気を結集させる、とは、月の光と太陽の光を一ヶ所に集めるということだ。
この陰陽の光を集めるためには鏡を使う。
鏡は四つの方位とその中間の方位にそれぞれ一枚ずつの計八枚を、八角形にカットし、中心に向けて掛けておく。
こうすることで昼間は太陽の光、つまり陽の気を常に集め、夜は月の光、つまり陰の気を常に集めることができる。
これは単純なようだが、例えば現代の風水学などでも、気の流れを操るのに鏡は盛んに使われる。
鏡はあらゆるものを反射する力があり、うまく用いれば、邪気を退け、精気を集めることができるのだ。
次に四神だが、これは東西南北の四つの方位に宿る四種類の方位神のことだ。
それぞれ北に玄武、東に青竜、南に朱雀、西に白虎である。
この四種類の神を、各方位に合った色の砂で大地に描く。
東は青、南は赤、西は白、北は黒だ。
そしてその中心には黄色、ただし中心は神そのものではなく、四つの神々が集まり、その加護を受ける場所であるから、仙薬の生成を行うために、四方形の祭壇を設ける。
この祭壇は黄色い砂を使用する。
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4 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:00:14
ID:/nw8HXxo
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五行とは、木火土金水の五つの元素のことだ。
道教では、万物はすべて木火土金水の五つの元素から出来ているとされている
金丹 【キンタン:丹砂と金を合わせた薬。】
丹砂 【タンサ:硫化水銀。最高の仙薬である金丹を作る材料となる】
飛仙となる
金液 【キンエキ】
金液は九鼎丹(上述)に劣らない。これを作るには、黄金一斤を用い、元明、龍骨、太乙、旬首、中石、氷石、紫遊女、玄水液、金化石、丹砂を合わせて封をし、百日経てば、液体化する。
其経に次のような記述がある。「金液を飲めば、全身金色になる。老子はこれを元君(老子の師匠)より伝授さる。元君は曰く、『この方法はいたって重大、百世に一度しか出すことはできない。これを石室に秘蔵せよ。これを合わせるには、百日間斎戒し、俗人と会うことはできない。名山のほとりの東流の川のほとりに精舎を建てて、百日間待てば出来上がる。これを一両飲めば仙人になれるが、まだ俗世を離れたくなく、地仙・水仙となろうとするなら、百日間斎戒し、もし、天に昇りたければ、まず、一年間食事を断って、これを飲むべし。』」
もし、半両を飲めば、長生きして死なず、あらゆる害毒にそこなわれることもない。妻子を養い、仕事をするも、思うところにまかせても良い。もし、昇天を望むなら、斎戒して更に一両を飲めば、飛仙となる。
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5 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:03:58
ID:/nw8HXxo
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漢の時代、太一神は北斗七星の神格化されたものとして天皇大帝と同一視された。天皇大帝は北極星を神格化したものであり、つまりは玄武である。北極星は紫微星(しびせい)、天皇大帝の御所は紫宸殿(ししんでん)と呼ばれた。つまり、紫は天皇大帝を意味する神聖な色であり、だからこそ冠位十二階の最高位に紫が選ばれたのだ。道教では八荒、六合は世界、宇宙を意味し、宇宙は八角形で構成される。御所の中心は紫宸殿で、その中には八角形の高御座(たかみくら)がある。大極殿の「大極」も道教の宇宙を意味する言葉である。
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6 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:05:21
ID:/nw8HXxo
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天武天皇十三年(684年)、八色の色(やくさのかばね)が制定される。豪族の家格を定めるもので真人(まひと)、朝臣(あそん)、宿禰(すくね)、忌寸(いみき)、道師(みちのし)、臣(おみ)、連(むらじ)、稲置(いなぎ)の八つである。特に真人(まひと)は道教の道を修めた者に贈られる称号で、皇族のみ姓の使用を許された。天武天皇が道教による天皇家全体の長寿を願っていたとわかる。
「日本書紀」天武天皇十四年(685年)三月、天皇は諸国に仏舎、仏像を建て、経典を置くよう命じる。十月、天武天皇は益田直金鐘(ますだのあたいこむしょう)、法蔵という僧に美濃で白朮(びゃくじゅつ)を煎じるよう命じた。十一月、天皇に白朮が献上された。天皇は招魂の儀式で長寿を祈った。この招魂の儀式は道教の行事である。
天武天皇十五年七月(686年)、天武帝は年号を「朱鳥」とされた。南は火の方角であり、色は朱。朱色は命の復活を意味する。このような延命の願いも空しく、朱鳥元年九月、天武天皇は崩御された。朱宮は死者が仙人になるために修行をするための場で、朱雀の方角、南に位置。天武帝陵墳は藤原京の南に位置し、しかも八角形という極めて道教的な陵墳である。天武天皇は死後、尸解仙になることを願った。諡号は「天淳中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)」。瀛は瀛州(えいしゅう)=道教の三神山のひとつである。すでに述べたように真人は道教の道士の称号である。奈良薬師寺の東塔は天武天皇の崩御を「龍駕登仙(りゅうがとうせん)」と記す。これは「史記」の黄帝が龍に騎って昇天し仙人になったという逸話の影響であり、仙人を志す道教と結びつく
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7 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:06:25
ID:/nw8HXxo
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「抱朴子」は河南省南陽の地に菊の露の入った水を飲み、付近の住民は皆長寿だったと記している。この地の太守も水を飲んだが、飲む歳月の差から住民ほどの長寿は得られなかった。この話は日本にも伝わり、「閑吟集」に「南陽県の菊の酒 飲めば命も生く薬 七百歳を保ちても 齢はもとの如くなり 齢はもとの如くなり」と記されている。「甲斐国風土記」に菊のつかる谷川があり、その水を飲んだ者は鶴のように長寿を保ったと記される。この谷川の付近は鶴の都とよばれ、現在も都留(つる)という地名が残っている。この鶴の都、富士山=不死山の山麓にあり、古くから菊の産地として知られていた。
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8 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:07:02
ID:/nw8HXxo
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桃の種のなかにある核、桃仁を霊薬とする。度朔山に三千里もの桃の木があり、神荼(しんと)、鬱塁(うつりつ)という二人の武門神がいる。葦の縄で悪鬼を捕らえ、飼っている虎に食べさせた。悪鬼は桃の北東から出入りするため、この方角を鬼門とした。御所の鬼門に猿ヶ辻があるのも鬼門封じのためである。鬼門である艮(うしとら:北東)の逆方向、つまり裏鬼門は坤(ひつじさる:南西)である。
桃太郎は邪気を払う桃から生まれ、猿、雉、犬を連れて鬼を退治した。十二支を円になるように並べるとわかるが、猿、雉、犬はそれぞれ干支とその方角であり、鬼門の逆側を示す。桃太郎は桃の霊力と逆鬼門の力で鬼を払い、育ての親に富をもたらせたのだ。
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9 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:08:03
ID:/nw8HXxo
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スッポンは3mにも達する。支那では交尾の目撃がなかったのか、スッポンは雌でゲンという大亀が雄とされた。ちなみにゲンは南方のスッポンである。また、支那人は蛇がスッポンを食べようとする様を交尾と思い、蛇(男性器の象徴)は雄でスッポンは雌と考えた。「和漢三才図会」には「浮気をされた夫を烏龜(うき)と呼ぶ。雄亀は交接することが出来ないが、雌亀は蛇と欲しいままに交接することが出来るからである」と記されている。この大亀(雌はスッポン・雄は蛇)を神格化したものが玄武である。道教の世界観では鼇魚(ごうぎょ)という大きなスッポンが三神仙を背負っている。
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10 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:18:18
ID:/nw8HXxo
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葛洪/抱朴居
字・稚川は、抱朴子の道号を持ち、丹陽句容(江蘇省句容県)の出身で、東晋の名高い練丹術士であった。社交を好まず朴訥な 人柄で抱朴子と号した
代表的著書の『抱朴子』は中国内外で知られ、医学の各分野について系統的な研究を行う一方、100巻あった『金匱要略』を4巻に集約するなど、中国医学に大きく貢献。特に道教医書『時後備急方』は、世界的に見ても比較的早期の医学、薬学、化学の巨著である。
葛洪はまた丹薬作りの過程で、多くの鉱物質染料を発明しており、中国古代の捺染業、酒造業の祖としても崇められてきた。
抱朴道院は晋代に創建され、唐代に入ってから次第に拡張されるようになった。元代の戦乱によって一部が破壊を被ったが、明代にまた再建されている。現在の建物はすべて明清期のものである。抱朴道院の正殿は木造の葛仙殿で、ここには葛洪の彫塑像が安置されている。
葛仙殿の東側に葛洪が薬を作ったと言われる抱朴廬の遺跡があり、昔は捺染業者や、酒造業者が毎年ここを訪れ、元祖の葛洪を祀る儀式を行っていた。
北の紅梅閣と半閑堂は精緻な装飾が施された木造の楼閣式の建物で、典型的な南方の中庭様式の古代建築である。紅梅閣内にある木版の画廊には歴代の書家の書画が数十点保存されている。
葛嶺の頂上に設けられた初陽台は葛洪が天体を観察し場所である。視界も広く、今日ではご来光を眺める絶好の展望台となっている。葛嶺には、また「鼎炉」、「渥丹室」、「流丹室」「流丹谷」など千年の歴史を持つ葛洪ゆかりの遺跡が残されている。
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11 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 14:19:45
ID:/nw8HXxo
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昔から西王母の住む崑崙山の「瑶台の仙境」に喩えられてきた葛嶺抱朴道院は、黄龍洞、玉皇山福星観と共に「西湖の3大道観」に数えられている
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12 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:00:30
ID:/nw8HXxo
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道教の修練方術では天人合一・返樸帰真・人と道の一体化を追及する。後世の全真道士は、内丹仙学を道と合して仙人に成るための路としている
早期道教では老子を教主として奉じ、《道徳経》を経典としていた。太上老君は教えを創始した教主として現れた神である。彼は道を人格化したものでもある。早く南北朝の時代には、太上老君は元始天尊の下に置かれ、元始天尊の至上神としての地位は突出していた。玉皇大帝は道教の中では比較的遅くに出現した。彼の地位は道教が政治的な倫理となっていく過程で次第に高まっていき、宋代になると皇帝を真似て道教の主神となった。玉皇大帝の出現は、「神道設教[鬼神迷信を利用して人民を愚弄すること]」の儒家の統治術が道教の中に反映されたもので、皇帝が統治秩序を擁護するために君主の権威を神格化した結果である。
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13 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:12:39
ID:/nw8HXxo
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道教の教えの主旨を見ると、それは肉身成仙・長生久世を追及し、現世利益を重視している
中華の四大海味にはあらがえない古典の魅力がある。乾鮑(干しあわび)、官燕(ツバメの巣)、海参(ナマコ)、魚翅(フカヒレ)。中でも鮑は、豪快なステーキや蒸した寿司ネタとは異なる世界。
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14 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:14:43
ID:/nw8HXxo
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乾貨(海産の乾燥素材)ではトップの福臨門酒家・九龍店
コースの鮑の大きさは30頭。頭は干し鮑のサイズを表す単位で、1斤(600グラム)当たりの鮑の数を表す。30頭は30個で600グラムだから1個20グラム。戻すのに1日以上かかり、調理すると1・5倍の大きさになるという。大きいほど旨みも濃い。3頭ともなると50万円を超すらしい。1グラム2500円以上。
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15 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:15:36
ID:/nw8HXxo
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「干した食材を使っている限り、中華料理に未来はない」
ヌーヴェル・キュイジーヌの旗手と言われた3つ星シェフのアラン・サンドランス
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16 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:17:37
ID:/nw8HXxo
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貝塚の中からアワビの殻が度々出てくるが、北海道伊達市7,500年前、日本海側北海道島牧村5,000年前、長崎県対馬5,500〜4,500年前、長崎県五島列島福江市8,000年前のものである。福江市の白浜貝塚からはクジラの肋骨を利用した”アワビおこし”、アワビを採るための鹿骨の刺突具ヤスや貝殻を利用した貝刃も出土している。
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17 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:18:09
ID:/nw8HXxo
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香港が中国に返還になる1年前(1996.1.9)に放映された「なるほどザ・ワールド」(フジテレビ)によると,香港の超高級中華料理店「福臨門」の食材倉庫に、アワビ3個で12万香港ドル(156万円)のものがあった。この乾アワビ1個200gとすると1g当り2,600円となり当時の金価格1g1,250円の2倍になるという。
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18 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:19:15
ID:/nw8HXxo
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古代中国ではアワビのことを石決明(せっけいめい)といって不老長寿、延命、若返りの薬品食品とみなしてきた
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19 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:22:41
ID:/nw8HXxo
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「決明飲」は、「草決明」「石決明」、菊花などの数種類の成分が入った液体漢方薬で、 めまいや睡眠障害などに効果がある。
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20 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:23:27
ID:/nw8HXxo
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セツケツメイ 石決明
アワビの貝殻です。「目を明るくする石につく貝」ということから石決明と名付けられました。炭酸力ルシウムやアミノ酸を含んでいます。
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21 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:24:50
ID:/nw8HXxo
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あわびの貝殻は、漢方名では「石決明」・千里光」といいます。名前の由来は「目を明るくする」ところからきており、植物のエビスグサ(草決明)に対して、海中の石に付く貝なので、石決明と石の字を冠したのです。
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22 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:28:48
ID:/nw8HXxo
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『魂志倭人伝』(3世紀後半)
「人好んで魚鰻を捕え、水に深浅となく皆沈没して之を捕る」
『古事記』 『日本書紀』にも、アマに関する記事が見られます。
『常陸国風土記』 の密筑 (日立市)の項に
「石決明、辣甲羅、魚貝等の類、甚多し」
とあり、近県地域でも潜り漁が行われていたと推測できます
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23 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:35:26
ID:/nw8HXxo
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ふかひれは広東省の沿海部などで食べられていただけの大して価値のある物でもなかったのが、清朝の時代に宮廷料理に供されるようになってから一気に需要が高まったそうです。
アワビの薬膳的な効用は「滋補肝腎」となっており、滋養強壮作用があるほか乳汁の分泌を促す作用もあります。また、アワビの殻を乾燥させた物は、石決明とよばれ漢方薬として利用されます。
石決明の薬効としては「平肝潜陽」となっており、のぼせやほてりを鎮める作用があるほか、肝火(ストレスやお酒などによる肝の炎症)による目の充血などにも効果があります。
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24 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:42:00
ID:/nw8HXxo
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海鼠腸=このわた、海参=いりこ、羊栖菜=ひじき
拳螺=さざえ、蛤仔=あさり、石決明=あわび、海扇=ほたてがい
牛尾魚=こち、蝦虎魚=はぜ、海鯒魚=えい
山女魚=やまめ、柳葉魚=ししゃも、秋刀魚=さんま
翻車魚=まんぼう、石斑魚=うぐい、梭子魚=かます、此目魚=ひらめ
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25 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:52:12
ID:/nw8HXxo
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「鮑肆は方に臭を遺れ、琴声は未だ絃を改めず」。前句は孔子家語の「善人と居るは
芝蘭の室に居るが如し。久しくしてその香を聞かざるは即ち之と化するなり。不善人と
居るは鮑魚の肆に入るが如し。久しくしてその臭を聞かざるは、また之と化したるなり
」に拠ると考えられる。不善人と交わって久しいため、道徳意識が低下し、その悪徳た
るをも覚らず、これを改めることが出来ないのを言う。この句を「鮑肆は方ミチに臭を遺ス
つ」と訓ヨめば、魚屋が道路に生臭い汚水を撒き散らすことになるが、そのように解する
のは、前後如何であろう
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26 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:53:19
ID:/nw8HXxo
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鮑魚の肆(いちぐら )[孔子家語六本「与不善人居、如入鮑魚之肆」] 不善の人、小人などの集まりを塩漬の臭い魚を売る店にたとえていう。
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27 :
名無しさん@chs
2009/01/21(水) 15:55:44
ID:/nw8HXxo
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孔子曰く、吾が死せし後は、則ち商や日に益し、賜や日に損せん。曾子曰く、何の謂ぞやと。子曰く、商や好みて己れに賢(まさ)る者と与(とも)に処(お)り、賜や好みて己れに若(しか)ざる者を説(よろこ)ぶ。其の子を知らずんば、其の父を視、其の人を知らずんば、其の友を視、其の君を知らずんば、其の使う所を視、其の地を知らずんば、其の草木を視る。故に曰く、善人と居るは、芝蘭の室に入るが如し。久しうしては其の香を聞かず、即ち之と化す。不善人と居るは、鮑魚の肆に入るが如し。久しうしては其の臭を聞かず、亦た之と化す。丹の蔵す所の者は赤く、漆の蔵す所の者は黒し、是を以って君子は必ず其の与に処る所の者を慎むと。)
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28 :
名無しさん@chs
2011/12/03(土) 22:07:53
ID:ECN5StXU
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>>8
>桃太郎は桃の霊力と逆鬼門の力で鬼を払い・・・・・・
桃の霊力で鬼を退治したとは聞かぬ言い様だが、黍団子の他に
桃果を携行していたのかね?