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尾張氏 天火明  高倉下

1 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:28:06   ID:XjJgfnVc 
尾張氏の祖神については、境内摂社の孫若御子神社[ひこわかみこ]神社にまつられる天火明[あめのほあかり]命は「尾張氏の始祖」といい、境外摂社の高座結御子[たかくらむすびみこ]神社にまつられる高倉下[たかくらじ]命は「尾張氏の祖神」だという

6 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:36:06   ID:XjJgfnVc 
磯部伊雑宮は竜宮様よ八重の汐路を鮫が来る──これは「御田植祭踊込唄」の一節

伊雑宮・荒祭宮と同体の滝祭大神(内宮神域内五十鈴川の川原にまつられる水源の滝神)についても「瀧祭りの仙宮は常世郷と号して是れ龍宮なり」という伝承があった(『和州旧跡幽考』)。


7 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:39:34   ID:XjJgfnVc 
伊雑宮事件
寛文元年(一六六一)には、別宮扱いのもとに遷宮の沙汰が下り翌年に内宮主導で遷宮がなされるが、神人たちは、伊雑宮が内宮の下に位置づけられることを不承知として、自社の古記録・縁起(かつての伊雑宮庇護者・的矢氏〔物部氏〕の末裔から返却されたとされる『伊雑宮旧記』など)に基づき、ついに朝廷へと上訴に及ぶことになる。

伊雑宮側は、日神・天照大神[てんしょうだいじん]をまつる本宮は伊雑宮のことで、内外宮は伊雑宮の分社(分家)である、また、外宮は月神・月読[つくよみ]を、内宮は星神・瓊瓊杵[ににぎ]をまつるものという新たな主張を展開した


8 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:40:32   ID:XjJgfnVc 
伊雑宮側は神宮と再論争するにあたって、この『先代旧事本紀大成経』を持論主張の根拠として添付したのである。同書は、伊雑宮は日神を、外宮は月神、内宮は星神をまつるとした伊雑宮のかつての主張を裏づける内容を含んでいた。

9 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:42:37   ID:XjJgfnVc 
『倭姫命世記』(平安末期から鎌倉中期の成書)
天地[アメツチ]開闢[ヒラケ]シ初[ハジメ]、神宝[カムタカラ]日出[イ]デマス時、御饌都[ミケツ]神ト大日孁貴[オホヒルメノムチ]と、予[アラカジ]メ幽契[カクレタルチギリ]ヲ結ビ、永[ヒタブル]ニ天ガ下ヲ治メ、言寿[コトホギ]宣りタマフ。肆[カルガユヘ]ニ或ハ月と為り日と為り、永ク懸つて落ちず。    (ひらがな・カタカナの混在は原文通り)

 記紀神話ではアマテラスとスサノウは「誓約[うけひ]」の関係にあったが、『倭姫命世記』では御饌都神(外宮神)と大日孁貴(内宮神)は「幽契[カクレタルチギリ]」の関係にあるという。この「誓約」「幽契」によって、日本の最重要な地神祭祀が歴史の表面から消えることになるが、ここで「月と為り日と為り」、つまり外宮神が「月と為り」とみなされていることは興味深いことだ。


10 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:44:07   ID:XjJgfnVc 
外宮神が月神(水神)であることは、『中臣祓訓解』(室町期の成書)でも「止由気太神(外宮神…引用者)は月天ノ尊なり」、また『旧事本紀玄義』(鎌倉期の成書)では「神皇系図」曰くとして「元気化[な]れる所の水徳変じ成りて因と為り果と為りて露るる所、天御水雲神と名づく。水徳に任せて亦御気都神と名づく。是れ水珠の成れる所なり。即ち、月珠是れなり。亦大葦原中津国主豊受皇神と号[な]づくるなり」との記述がみられる

11 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:45:54   ID:XjJgfnVc 
伊雑宮の御師・西岡家に伝わる文書には、中世以降に伊雑宮の祭神とされた「玉柱屋姫命」については「玉柱屋姫神天照大神分身在郷」と書かれるも、同じ箇所には「瀬織津姫神天照大神分身在河」とあり、玉柱屋姫命(神)は「郷」に在るときの名、瀬織津姫神は「河」に在るときの名で、いずれも「天照大神分身」だという。

12 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:46:55   ID:XjJgfnVc 
。『三重県神社誌』(三重県神社庁編・発行)の伊射波神社の項では、祭神を「伊射波止美命、玉柱屋姫命」としていて、明治期の安楽島神社が伊射波神社へと転じたことがわかる。

13 : 名無しさん@chs    2009/01/22(木) 20:49:45   ID:XjJgfnVc 
「元鹿島」として、また「白山桜」ほか桜の名所として知られる桜川の礒部稲村神社

同社創建は「人皇第十二代景行天皇四十年十月、日本武尊・倭姫命、伊勢の皇大神宮の荒祭宮礒宮を此の地に移祀す」

礒部稲村神社の現祭神は合計で一二柱、つまり「天照皇太神、栲幡千々姫命、天手力雄命、木華咲耶姫命、瀬織津姫命、天太玉命、玉依姫命、玉柱屋姫命、天鈿女命、倭姫命、天児屋根命、日本武尊」とされる。明治期の合祀策の影響もあって一見わかりづらいが、元社二宮のうち、荒祭宮の神は瀬織津姫命、礒宮の神は天照皇太神である


14 : 名無しさん@chs    2011/05/30(月) 23:16:39   ID:HEvQwhJ2 
>>2
>天道日女命は「道主貴」の異称をもつ宗像女神のこと・・・・・
道というのは、「海北道中」と呼ばれた北九州と伽耶との海上航路の
ことですね。


15 : 名無しさん@chs    2011/09/02(金) 10:15:03   ID:b6It5zZI 
>>2
尾張氏の祖神>>1とされる高倉下命こと天香語山命が、尾張氏とは無縁の
越後国の一宮弥彦神社に祀られているのは、如何なる理由なの?




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