豊受姫
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1 :
名無しさん@chs
2007/05/06(日) 05:17:26
ID:a8c4790fbb
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宇迦之御魂神は、別名豊受姫神ともいい、稲荷神社の祭神。
屋船豊受姫神は、手置帆負神(讃岐国造)とともに建築の神様。
豊受姫大神とも。稲荷神と習合した。
伊勢神宮外宮に祭られている五穀豊穣の神様
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48 :
名無しさん@chs
2007/12/12(水) 13:27:18
ID:8a818bd4ef
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広瀬神社
御田植神事
午前11時。
殿上の儀が始まる。拝殿には注連縄が張られ、田んぼに見立てた斎場がつくられている。祭りのはじまりを告げる祝詞が奏上され、黒装束に牛の面をつけた牛役と、水干(すいかん)に烏帽子姿の田人(たびと)が進み出る。これから実際の田植えの手順を追って、拝殿での田植えがはじまる。まずは苗代づくり。田人が鋤(すき)を持って畦(あぜ)作りのまねをしながら拝殿を一周。続いて鍬(くわ)を持って畦を固めるまねでまた一周。そして神前に進みでて、竹をで苗代をならす仕種をする。次は種まきで、籾を入れた枡を持って「よき種まこう、福種まこう」といいながら、種をまく動作を繰り返す。続く苗代めぐりでは、田人が鋤をかついで苗の出来を見廻りつつ一巡りし、「今年は神様のおかげで良き苗ができました」と報告する。ここで苗ができたので、次は苗とり。まずは田人が東を向いて「東で八百」といい、続いて「西で八百、早乙女衆」というと、巫女が緋色の袴とたすきを身につけた2人の早乙女に苗に見立てた松葉を手渡す。そして早乙女たちが神前へ進み、田植えが始まる。牛役と田人が犂(すき)、馬鍬の順で田作りをして田植えの準備が整うと、早乙女たちが「この苗は、わがにはあらず広瀬なる、神のよさせし早苗なり、みてぐらは、わがにはあらず天に坐す、とようか姫の神のみてぐら」と神楽歌を歌って、苗を6本ずつ3段に並べて行く。これで殿上の儀が終了。この「とようか姫」は豊受大神のことで、伊勢神宮の外宮に祀られている食物を司る神様だ。
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49 :
名無しさん@chs
2007/12/31(月) 13:22:42
ID:15fb60e76f
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外宮祭神は豊受大神であり、記紀には、イザナギ、イザナミ両神の間に生まれた
ことになっているが、「丹後国風土記」では、天女・トヨウカメだとしている。
トヨウケヒメは稲霊だという(延喜「祝詞式」の「大殿祭」脚注)。それがウカノミタマ
という神格になり、穀霊神・ミケツ神になり、それに奉仕した女性がウカノメ、ミケツ
神、トヨウケヒメ、オオゲツヒメ、トヨウカヒメ、ウケモチノ神となる
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50 :
名無しさん@chs
2007/12/31(月) 13:23:56
ID:15fb60e76f
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丹後国の篭神社社務所発行の「元伊勢の秘法と国宝海部氏系図」という本の奥
宮・真名井神社の項に「トヨウケノ大神の亦の名はアメノミナカヌシ(天御中主)・ク
ニトコタチ(国常立)で、その顕現の神をウカノミタマ(倉稲魂=稲荷大神)と申し、
アメノミナカヌシは宇宙根源の大元霊神である」と明記してある。
「海部氏勘注系図」には歴代秘伝として「天御中主とは亦の名神魂、国常立、天
照皇大神、豊受大神で、すべて同神の異名である」ことを伝えており、「天照大神
は国常立尊すなわち大元神の所顕であらせられる」と
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51 :
名無しさん@chs
2007/12/31(月) 13:24:52
ID:15fb60e76f
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宇佐氏の大元は社地の大元山や厳島神社の「オオモト」にもつながり、島根、鳥
取、愛媛、岡山、高知の各県に20社に及ぶ大元(大本)神社につながっている
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52 :
名無しさん@chs
2008/08/18(月) 14:54:48
ID:P9NuMRGw
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知られざる酒の神 豊受大御神
伊勢」と言えば太陽神を祀る南の内宮(ないぐう)を指しますが、その北に五穀豊穣を司る豊受(とようけ)神を祀る外宮(げぐう)があります。
外宮こそ酒造りの神。
丹後国風土記には、次のように書かれています。天女が水浴びをしているときに衣を隠され、天に戻れなくなりました。老夫婦の世話になりますが、お礼に酒を造って商売を始めます。これが大当たり。ところが金儲けに目がくらんだ老夫婦に追い出され、やがて亡くなります。死後、丹後の奈具に豊受神として祀られました。
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53 :
名無しさん@chs
2008/10/18(土) 21:36:16
ID:a1cZVSco
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宇迦之御魂神は、スサノオの子供
オオクニヌシ神がスサノオの娘の須世理毘売と結婚しようとしますが、スサノオも八十神が大反対をしてオオクニヌシ神を殺そうとします。それで、二人はスサノオから逃げ仰せます。仕方ナシニ、スサノオは二人の結婚を許します。その時の条件として、スサノオは大国村の主となるように命じます。そして、「其の汝がもてる生太刀・生弓を以って、汝の庶兄弟をば、坂の御尾に追い伏せ、河の瀬に追い撥ね、宇迦の山の山本に底津石根に宮柱ふとしり、高天原に氷木たかしりておれ」と命じます。そのときに、宇迦の山の山本に住んでいた人は、オオクニヌシ神に追われて、伏見に逃げて、その後、宇迦之御魂神は稲荷神社で祭らます
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54 :
名無しさん@chs
2010/06/12(土) 08:39:21
ID:wEPkr4ms
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ホツマ伝には、「トヨケ(豊受神)」が「ヒガシノキミ(東の君)」であるという記載があります(ホ04023)。また、トヨケの時代に西王母が来日したという記載もあります。三角縁神獣鏡には西王母・東王父が組になった図柄が多用されていますが、古代の中国でいう東王父とはトヨケのことに違いありません。トヨケはアマテル神(天照大神)の母方祖父(イザナミの父)です。またトヨケは、古代春日氏の直系先祖に当ります。
トヨケ→ツワモノヌシ→ココトムスビ→アマノコヤネ→アマノオシクモ→アマノタネコ→ウサマロ→(ヤマトクニオシヒト(孝安)→ヤマトフトニ(孝霊)→モモソヒメ)。
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55 :
名無しさん@chs
2010/06/12(土) 08:49:33
ID:wEPkr4ms
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天児屋根命の系図
天御中主尊ーー津速産霊尊──市千産霊尊──興台産霊尊ーー天児屋根尊ー天押雲命──天種子命ー宇佐津臣命(三笠臣)鏡の臣
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56 :
名無しさん@chs
2010/06/12(土) 08:50:57
ID:wEPkr4ms
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武仁尊(神武天皇)が十五歳でたったので、天種子命が、君を補佐する形をとり、『シラヤマの璽』を武仁尊に、国を治める『百の文(フミ)』を天種子命に、『八咫の鏡』を天押雲命に、『八重垣剣』
を櫛甕玉命に授ける。 ただし、『八咫の鏡』と『八重垣剣』は、鵜葺草葺不合尊の中宮である玉依姫が、川合の宮と別雷の宮に預け置いた。
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57 :
名無しさん@chs
2010/06/12(土) 08:52:51
ID:wEPkr4ms
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天照大神(諱 若仁)
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├────────忍穂耳尊(諱 忍仁)
│ │ ┌─奇玉火之明尊(諱 照彦)
瀬織津姫(諱 穂乃子) ├─────┤
│ └─瓊々杵尊(諱 清仁)
栲幡千々姫