景行天皇の時代 九州
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1 :
名無しさん@chs
2007/06/10(日) 08:16:22
ID:436ddb62e0
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垂仁天皇の第三皇子、母は日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)。
皇后:播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ。若建吉備津日子の女) 景行52年薨去
櫛角別王(くしつのわけのみこ)
大碓皇子(おおうすのみこ)
小碓尊(おうすのみこと、日本武尊)
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18 :
名無しさん@chs
2007/06/10(日) 09:06:26
ID:436ddb62e0
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播磨風土記によれば、播磨稲日大郎姫(景行天皇の皇后)はのちに播磨の城宮の地で生涯を終えている。「年を経て」とあるので長生きはしたようだ。とすると熊襲征伐など出征続きの景行天皇のもとで養育されたとは考え難い。母である播磨稲日大郎姫のもとで青年期を迎えたと考えたほうがいいのではないだろうか?吉備氏と崇神朝の血を引き播磨で育ったということは、ヤマトタケルの背後には必ず吉備王権の存在があったと考えていいだろう。四道将軍の中でも抜群の働きをした吉備津彦の後裔でもある。