景行天皇の時代 九州
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1 :
名無しさん@chs
2007/06/10(日) 08:16:22
ID:436ddb62e0
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垂仁天皇の第三皇子、母は日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)。
皇后:播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ。若建吉備津日子の女) 景行52年薨去
櫛角別王(くしつのわけのみこ)
大碓皇子(おおうすのみこ)
小碓尊(おうすのみこと、日本武尊)
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3 :
名無しさん@chs
2007/06/10(日) 08:19:20
ID:436ddb62e0
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九州巡幸
景行12年(82年)熊襲が背いたので、これを征伐すべく、8月に天皇自ら西下。周防国の娑麼(さば、山口県防府市)で神夏磯媛から賊の情報を得て誅殺した。筑紫(九州)に入り、豊後国の碩田(おおきた)で土蜘蛛 を誅して、11月ようやく日向国に入る。熊襲梟帥(くまそたける)をその娘に殺させ、翌年夏に熊襲平定を遂げた。日向高屋宮(宮崎県西都市か)に留まること6年。18年(88年)3月に都へ向け出立し、熊県(熊本県球磨郡)や葦北(同葦北郡)・高来県(長崎県諫早市)・阿蘇国(熊本県阿蘇郡)・的邑(いくはのむら、福岡県浮羽郡)を巡り、19年(89年)9月に還御した。なお、この天皇親征について、古事記には一切記されていない。しかし最近九州の宮崎県で景行天皇と同時期の前方後円墳が発見されている事から、その関連性に興味が持たれている。
25年(95年)7月、武内宿禰を遣わして、北陸・東方諸国を視察させる。