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薩摩 隼人 とは 海神との関係

1 : 名無しさん@chs    2007/10/15(月) 09:35:48   ID:2cbcf98891 
隼人は、天皇の守り
天族と海人の関係
何故、大和の隼人が来たか?


44 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:19:58   ID:2f9075d2e3 
「海部氏勘注系図」では、高倉下は、天香語山の子供とされている

旧事本紀の方は、神世、天皇家、も含め体系的に記されている。
但し尾張氏側に立つ人は、現在も物部氏との関係を否定するとのことである

「椎根津彦」と「宇豆毘古」は古来同一人物とされている。
宇豆毘古は、大倭氏祖であり、吉備海部直祖となっており、記紀に登場する「市磯長尾市宿禰」(崇神天皇により「倭大国魂神」を「大和神社」に祀ったとされる人物)の祖に位置づけられてきた。
「豊玉毘売」の弟「振魂命」の息子に「武位起命」がおり、その子が「宇豆毘古」とする系図が公知である。
武位起の兄に「天前玉」という神がおり、これが「天火明」と同一人物とされている。


尾張氏考
www17.ocn.ne.jp/~kanada/1234-7-8.html


45 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:22:59   ID:2f9075d2e3 
天火明命

饒速日命(にぎはやひ)と天火明命は同一神と明記してあるのは「旧事本紀」である。
但し、「海部氏本紀」には「饒速日尊亦名天火明命」の記述がない。ところが子供には
饒速日の子供とされている可美眞手命(宇麻志麻治)の名が明記されている。

尾張氏の始祖。同時に物部氏の始祖(旧事本紀)となっている。
古来尾張氏は、天孫と記紀にも明記されている
古事記では天忍穂耳命の子供となっているが、日本書紀ではニニギ尊の子供となっており、一書の記述の中に上記の記述あり。子供「天香語山」となっている。


46 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:26:57   ID:2f9075d2e3 
天村雲命

父:天香語山 母:穂屋姫
妃:日向阿俾良依姫 子供:天忍人、天忍男
丹波伊加里姫 子供:倭宿禰(椎根津彦、天御蔭命:海部氏系図)
子供:葛木出石姫(母:伊加里姫?)忍日女(母不明)

天忍人命

父:天村雲 母:阿俾良依姫
妃:葛木出石姫 子供:天戸目
結果的に尾張氏本流となる。
豊玉姫の弟「振魂命」の子供「天前玉命」と同一神とも

天忍男命(?−?)
父:天村雲 母:阿俾良依姫
妃:葛木劔根娘「賀奈良知姫」子供:瀛津世襲(葛木彦)世襲足姫(日置姫)建額赤

瀛津世襲
父:天忍男 母:賀奈良知姫
孝昭天皇の后に妹「世襲足姫」がなり6孝安天皇の外戚的存在となり、孝昭天皇朝大連との記録もある。尾張氏として初めて記紀記述ある。別名「葛木彦」尾張氏祖とされている

世襲足姫(?−?)
父:天忍男 母:賀奈良知姫
夫:5孝昭天皇 子供:天足彦国押人(和邇氏祖)6孝安天皇
尾張氏として初めて天皇妃となった。(記紀)


47 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:32:46   ID:2f9075d2e3 
彦火火出見尊の妻は海神綿津見神の女豊玉姫で、武位起命と神武の父になる鵜草葺不合命を生んだ。武位起命の名は記紀には出てこず、旧事紀の皇孫本紀にのみ出てきて、大和国造祖というから神武東征の導きをした珍彦の先代にあたることになる。

旧事本紀・皇孫本紀には、椎根津彦は武位起命の子といい、その武位起命は彦火火出見の子としている。

安曇磯武良、これをイシタケルと読めば五十猛命???


48 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:35:27   ID:2f9075d2e3 
磯良を磯武良とも記す。対馬の多久頭魂神社の摂社松崎神社の祭神は「安曇磯武良」と表現されている。磯武良をイソノタケルと読むことができる。磯は渚でありナギサタケルとなり、日高日子波限建鵜葺草葺不合尊のナギサタケが出てくる。

対馬 下県 多久頭魂神社「天照大御神、天忍穗耳命、日子火能迩迩藝命、日子穗穗出見命、鵜茅草葺不合命」 摂社 松崎神社「安曇磯武良」厳原町大字豆酘字龍良山1250番地

阿須の名は、神功皇后征羅の嚮導安曇磯武良が船を艤して皇后の乗船を待ったので、安曇浦といい阿須になったという


49 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:38:29   ID:2f9075d2e3 
霹靂いかづち神社

長崎県対馬市上対馬町大字浜久須字大石隈1073
式内社 對馬嶋上縣郡 能理刀神社
雷大臣,日本大臣,磯武良
伊弉諾尊,事解男,速玉男 『大小神社帳』
浜久須の漁港の奥。鳥居は海に臨んでいる。

昔は熊野三所権現と言っていた。


神社明細帳に「神功皇后の時、雷大臣・安曇磯武良を新羅に遣わし、
雷大臣彼地で女を娶り一男を産む。名を日本大臣と云う。
新羅より帰り給う時、浜久須へ上り給う古跡なり。」


50 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:42:28   ID:2f9075d2e3 
日本書紀では、素盞嗚尊とともに行動した神として「五十猛(イソタケル)」別名「大屋毘古神(オホヤビコノカミ)」がいる。五十猛はたくさんの木種を持って父である素盞嗚尊とともに新羅に渡ったが、新羅には植えず、大八島国の全土に蒔いたとされている。また、大屋毘古神が木の神とされていることとなどから植林に関係
和歌山市伊太祁曽(イタキソ)にある伊太祁曽神社はこの五十猛を祭る神社である。

安曇氏の祖神は「磯武良(イソノタケル)」で五十猛と同一????


51 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:47:32   ID:2f9075d2e3 
豊後国史には椎根津彦、珍彦、宇津彦を同一神としています。
宇豆彦は紀氏の系図では宇遅比古の子、山下影姫(武内宿禰の母)と兄弟と同一の名です。

南九州の熊襲制圧軍は五十猛命の旗を先頭に攻め込んだと伝わります。軍神の頭領神の顔が見えます。これは、東国征圧に活躍した日本武尊や坂上田村麿も五十猛命を祀っている事にも付合します。 神功皇后の軍船の先頭に祀られた御船前韓国伊太氏神も五十猛命とされています。


52 : 名無しさん@chs    2007/10/26(金) 16:48:33   ID:2f9075d2e3 
五十猛命の別名の大屋毘古神の「大」を除いた名前と一緒です。一つの輪が九州、紀州、丹後、越後でつながってしまいました。
紀氏と宇佐神宮の祭祀を行った辛島氏は同族????


53 : 名無しさん@chs    2008/05/21(水) 15:30:49   ID:kTk9KnmU 
豊後国志や大神系図の記述から「嫗嶽」は祖母山を指す(嫗とは、老婆のこと)。
嫗嶽大明神伝説は即ち「祖母嶽大明神伝説」祖母山信仰である、
御祭神は「豊玉比売(とよたまひめ)」、豊玉比売は神武天皇の父「天津日高日子波
限健鵜萱草葺不合尊命(あめつひだかひこなぎさたてうかやふきあえずのみこと)」
の母。豊後国志によれば「神武天皇」の時、海神の娘「豊玉比売(とよたまひめ)」
を「祖母嶽大明神」と祝初賜う」とある。「神武天皇」は鵜萱草葺不合尊命第四の御
子で、「豊玉比売は神武天皇の祖母」に当ることから、山を「祖母山}と号した。




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