諏訪神社 建御名方神 南方刀美
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1 :
名無しさん@chs
2007/11/28(水) 14:43:24
ID:8d3cb06aa7
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諏訪神社のことが文献に見える初見は『日本書紀』で、持統天皇の五年(691)八月、降雨の多い災難のとき、使者を遣わして、龍田の風神、信濃の須波・水内等の神を祭らせたとある。龍田は大和の龍田神社、須波は諏訪神社、水内は善光寺付近の水内神社のことである。
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41 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:02:41
ID:bc01342eed
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カヤナルミ考
www.dai3gen.net/kayanrm.htm
紀記にない神:祝詞に「カヤナルミ」と言う名の神
飛鳥坐神社4座 並名神大。月次相嘗新嘗。
鎮座地:奈良県高市郡明日香村大字飛鳥字神名備708・709
(旧称:高市郡飛鳥村大字鳥形山)
御祭神:事代主神、高皇産靈神、大物主神、天照皇大神、
神南火飛鳥三日女神 等。
由 緒:初め大穴持命、杵築宮に鎮り坐す時、法子賀夜奈流美神の法魂を
飛鳥神奈備に鎮め奉った。
淳和天皇の天長6年3月、高市郡加美郷甘南備山社を同郷鳥形山に
遷し奉った。これが現在の鎮座地。
加夜奈留美命神社
鎮座地:奈良県高市郡明日香村大字栢森字堂ノ上358
御祭神:加夜奈留美命。加夜奈留美は、高照姫の一名だという。
[注]高照比賣命:
旧事本紀によれば、大己貴神の御子で、母は宗像の邊津宮に坐す
高津姫神。
古事記には、大國主神と多紀理毘賣命との間に生まれた高比賣命
またの名下光比賣命がある。
この下照姫命と高照姫命とは同一女神に坐すとする説がある。
「特選神名牒」では社伝をとって、飛鳥坐神社の祭神としては、事代主命、相殿に建御名方命・高照比売命・下照比売命が祀られているとしている。これも、出雲國造神賀詞と合わない。
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42 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:08:54
ID:bc01342eed
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【和州五郡神社神名帳大略注解】(皇典研究所「神祇全書」所収)
式内・牟佐坐神社(奈良県橿原市見瀬町字庄屋垣内)の禰宜であった宮道君述之が著
本社の後南方にある磐石神窟はいわゆる飛鳥山前神奈備で、社家の者の説では、 高照姫命をを祀る茅鳴身(カヤナルミ)神社である。
本社の東北方にある滝瀬神窟はいわゆる飛鳥川辺神奈備で、社家の者の説では、臼滝姫命(高照姫命とも)、あるいは建御名方富命を祀るとしている。境内のこの2神が加えられた結果、「飛鳥坐六箇處神社」とされているのである。飛鳥坐神社(四座)には、主神4神の他に、後裔神である加夜奈留美命と宇須多伎比売命を含め、合計6神が祀られていたのではないか
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43 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:12:00
ID:bc01342eed
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社伝によれば、吉備津彦命より五代目の加夜臣奈留美命が、吉備の中山の麓の茅葦宮という斎殿の跡に社を建立し、祖神である吉備津彦命を祀り相殿に八柱の神を祀ったのが吉備津宮正宮の始まりであるという。
吉備津彦命が7代天皇孝霊の息子だとすると、カヤナルミその5代目と云う事は11代天皇垂仁の頃の人であり
となるので、時代が倭迹迹日百襲姫の頃となる。
大己貴命が飛鳥の神ナビに配置した頃と時代が合わない
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44 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:19:34
ID:bc01342eed
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諏訪大社の大祝(諏訪神職の最高位)として君臨した諏訪氏(上社神氏、下社金刺氏)の先祖をさかのぼると、武五百建命(タケイオタツノミコト)という人物に行き当たります。
この人物は別名を健磐龍命(タケイワタツノミコト)といい、阿蘇神社の祭神であり、またその大宮司家である阿蘇氏の祖先です
阿蘇の健磐龍命は景行天皇の行幸を迎えたともいわれています。一方、「景行天皇の時代まで、松本から安曇野にかけては広大な湖でした。その湖を泉小太郎とその母犀竜が、山を崩して日本海に水を流し、土地を拓きました。」との伝承がある。
泉小太郎の父である白竜は穂高見命(海神の息子で穂高神社の祭神)の化身、母の犀竜は諏訪大明神の化身だと伝えられています
景行天皇、ヤマトタケルの時代に何があったのか?
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45 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:20:34
ID:bc01342eed
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本居宣長は、阿波国に名方郡名方郷があり、そこに多祁御奈刀弥(タケミナトミ)神社があることを指摘しています。建御名方命は建御名方富命(タケミナカタトミノミコト)とも呼ばれていますから、建御名方の名は阿波国名方に由来するのではないかと考えているようです
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46 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:25:08
ID:bc01342eed
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多祁御奈刀弥神社
多祁御奈刀弥神社 徳島県名西郡石井町浦庄字諏訪213-1
なんと、諏訪という字にある神社です。
御祭神 建御名方命 配祀 八坂刀賣命
当社の創建は不詳。通称、お諏訪さん、あるいは東の宮という。
江戸時代までは、建御名方命一柱だった。
阿府志によると、高志国造の阿閇氏が、この附近に住み、
この地に産まれたという建御名方命を祀ったもの。
社傳によると、信濃諏訪郡南方刀美神社は、
当社から、宝亀10年(779)から移遷されたものという。
つまり、当社が諏訪神社のオリジナルだということらしい。
神紋は鎌の打ち合い。
延喜式内小社。歴代藩主蜂須賀候の尊崇極めて篤く、毎年当社の御例祭には参拝又は代参せられし趣にて、殊に寛永年中第四世蜂須賀光隆君疱瘡にかかられし際当社に御祈願あり奇瑞著し。又参拝道中鮎喰川の出水に遮られる事のあるため、現在の佐古町諏訪神社に分霊せしものと伝えられる。現在の社殿は享保五年(1720)の建築と言われる。
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47 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:28:02
ID:bc01342eed
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建御名方神の「名方」は、本居宣長によると、
阿波の名方郡名方郷に由来するとある。
また、安曇郡式内川会神社の社伝には、
「建御名方命の后は海神の女なり、太古海水国中に氾濫、
建御名方とその后は治水のために水内山を破って水を流し
越海へ注ぎ、始めて平地を得た。」とある
八坂刀売命 ヤサカトメノミコト 女神. 建御名方神の妻神
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48 :
名無しさん@chs
2007/12/15(土) 13:34:58
ID:bc01342eed
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阿波国に名方郡名方奈加多郷あり。神名帳に。其郡に多祁御奈刀弥神社あり。 こは奈の下に方字ダルたるにはあらぬにや。又同郡に大御和神社。同国勝浦郡に事代主神社。阿波郡に建布都神社事代主神社などもあり。建御と連ける例は。建御雷神。又書紀に武三熊之大人などあり。
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49 :
サイエンスからもウリナラファンタジーw
2009/12/11(金) 22:24:49
ID:n58rOtws
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アジア系だけの学者グループ達が、アメリカの学術雑誌サイエンスを通じて、アジア人種の遺伝的拡散のシュミレーションを展開している事実を韓国人系にとって都合の良い内容だと煽っている劣等人種どもがいるようだ。韓国人系どもは、この論文の内容をきちんと把握できていない様子なので敢えて紹介してやるが、この論文はあくまでも人類学的に遺伝子分布を測定していった経過を紹介している為、雄遺伝子、雌遺伝子、年代などを割り出した結果ではないということが韓国人系どもには理解できていないようだ。前にも述べたとおりだが、日本人のほとんどはもともとがYapが陽性であり、身体的特徴とその分布が日本人の特徴の殆どを占めていること、更にはアジア系移民が朝鮮半島から拡散した場合に生じる”雄の”遺伝子分布が”全く紹介されていない”事実において、言及されていないことを人々は気が付かなければならないだろう。また、データ測定の範囲も非常に矮小であり、僅か2000人前後の世帯数から、雌の民族分布の流れを測定し、それを過去の人類学分布に勝手に結び付けようと言うのだから、明らかにサイエンスに投稿した”胡散臭いアジア学者”の質が知れるというものである。民族分布は何十万人、何百万人前後の大規模移動を伴うものであり、少なくとも日本人がせいぜい1万人くらいしか人口がいなければ成り立ちそうな貧弱データを当然面して偏向解釈を図り、公共の場にばら撒くという行為は全くどこかの火病の仕業であろう。日本人の系統が知りたければ日本中の国民の顔写真を縄文系と弥生系、身長の高い低いグループにでも軽く分けてやれば、余裕でその半島説というものがどのような結果に陥るかが証明できると言ってやったにも関わらず、大方このキムチ臭いアジアの半島系どもが接待工作等で”アメリカの雑誌”ならば日本人は奴隷のように言うことを聞くに違いなかろうなどと偏向工作を混ぜている可能性を最早否定できない。データ対象数が極めて少ないこと、遺伝子の”どの”部分を使って比較しているのかの紹介が無いこと、”雄特有の遺伝子”には相変わらず文句をつけられないこと、現代の方言で”ハングルは福岡野郎や佐賀野郎”などの”九州北部”にほとんどが限られていること、天皇の雄遺伝子から、やはり身長が低いなど、多くの反例が控えている状況で、アジア系の特に雌(被征服)遺伝子の特徴から盲目的に遺伝子拡散を紹介する時点で、これらは九州クズ大学及びチョウル大学辺りのプロパガンダ工作であることが浮かび上がってくるのだ。
現実的には、このサイエンスが紹介する人類の遺伝子分布の測定は、雌雄の区別を全く無視し、尚且つ現代からたった3代における居住者のみを測定データの対象としており、意図的に移民が増えた地域についてのみ都合の良い内容になることを全く紹介していないのである。人類というのは遺伝子の塊から生まれるという訳ではなく、雄雌からの性染色体によって受精し、更に雄遺伝子は人類学的に高次の文明、もしくは戦闘の勝利者の固体が選択されるという現実については、この胡散臭いアジア系の学者グループやアメリカのサイエンスが孤軍奮闘したところでどうしようもない。人類はアジア学者やサイエンスから生まれたわけではないのだ。最も大昔から試験管ベイビーでも存在しており、それらが拡散したのだとでもウリナラファンタジーで勝手に喚きそうではあるが。
従って、福岡野郎のように、どこからどう見ても韓国人にしか見えない劣等人種野郎でも、遺伝子を軽く調べるだけで面白いぐらいに大和や熊襲のYapが見つかり、更には天皇の系統でも同様の事実が浮かび上がるという生きた証拠を無視して、日本人は全て現代の在日と全く同じ身体的特徴〜!だから弟(かもしれない)〜!などと抜かす盲目的なプロパガンダは、依然として事実の蓄積を無視した全くのガセネタであることが理解できるだろう。大体、アジア系の”雌”遺伝子だけを追いかけていけば、(被征服の民族だから)似たような構造がいくらでも日本や韓国人系の間で見つかるというのは、今に始まったデータ探索ではないのだ。問題は、(勝利者側の)”雄”はどうなっているのかという、韓国人系にとって涙目になるデータの存在である。少なくとも歴史的にイワイの乱で滅ぼされ、島津にまで併合された日本の中で最も韓国人系である福岡部落民(こいつらは確かに韓国人系の弟かもしれない)などが、それだけ優れた人種で過去の日本で天下を取っているのなら、むしろそうした優れた証拠でも是非見せてもらいたいものではあるが。アジアの胡散臭い学者の似非データを鵜呑みにする天然ボケなサイエンス社に、どうせ賄賂でも渡した程度の偏向工作が確認できるということは、それだけ雄の分布を突っつかれるとこうした韓国人系どもは最早どうしようもないくらいに涙目になるという切迫感がよく伝わってくるので、それはそれで楽しい反応だ。まあ、反論にすら届かない”データ”の分際でプロパガンダを行うには粗が目立ちすぎるようだが、人類の歴史が僅か3代(120年代前後)の世帯だけで証明できる(かもしれない)などという低脳な似非学者どもが、アジアの研究レベルの名声をこれ以上引き下げなければいいのだがw 実際、アジアの研究者のイメージに泥を塗った、チョウル大学の”捏造論文の件が極めて懐かしいが、”九州クズ大学の師匠”のズッコケ振りにはこれからも大いに期待したいところだw
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