龍田神社 広瀬神社 風神と水神
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1 :
名無しさん@chs
2008/02/29(金) 13:25:32
ID:nOsB3FSw
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天武紀四年四月一〇日条に小紫美濃王・小錦下佐伯連広足を遣わして風神を龍田の立野に祀らせた記事がみえる。大宝元年(七〇一)神祇令に孟夏、孟秋に広瀬社の大忌祭とともに祀られる例となり、風水の害なきを祈るものである、これは、『延喜式』によって詳細を知られるが、その四時祭上に供料の細目と、勅使の位階、員数等を明記し、「太政官式」・「式部式」にも記載している。更に臨時祭式にも春日、広瀬等とともに社庫の鑰匙については官庫に納め置き、祭に臨んで祭使が使用にあたることを記している。天武四年以降毎年広瀬とともに四月七月の祭を記載しており、嘉祥三年(八五〇)従五位上を叙せられたのを初めとして、神階昇叙し貞観元年(八五九)従三位となる。同年、大和の水分神山口神二六社とともに風雨を祈るため幣を奉られている。天平二年(七三〇)『大和国正税帳』に「龍田神戸稲肆伯参拾束捌把」、『新抄格勅符抄』に「龍田神三戸」とみえ、文禄四年(一五九四)大和郡山城主増田長盛の「日供米拾弐石」を先規の通りとすること、また慶長七年(一六〇二)片桐且元によって同額を安堵されている
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59 :
名無しさん@chs
2011/12/28(水) 11:05:06
ID:tkr4xECs
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龍 田 神 社 吉田東伍著 『大日本地名辞書』 より
今三郷村立野に在り、中世二十二社の第十四に列し、風神を祭る。延喜式龍田坐天御柱国
御柱神社所祭級長戸邊命級長津彦命ニ座と者是也。
古事記傅に、風は天と地の間を支へ持てば御柱と称へたりと。書紀纂疏は風神即龍田姫龍
田彦なりと日へり、按ふに級長は古事記志奈に作り、龍田の別名歟、名義詳ならず。今官幣
大社に列す。
神祇志料云、級長津彦日本書紀に見ゆ、旧事紀には級長戸邊ありて二神と為せり。此二神
即風神にして、上古伊弉諾尊大八州國を生給て、我生りし國唯朝霧のみ薫る哉と詔て、乃吹
撥はせる御気息に生坐る神也。